2008年08月04日

中庸の心理

筆者自身も不思議な体験はしたことがあるが、
私はかなり理知的な人間であり、

不思議なことで認めること
認めないことを追求している。


もう、認めざるを得ないことは
誰もが知っているエジプトのピラミッドなど
確実に存在するものだ。


一般名称で言われている
クフ王のピラミッドは現在でも作ることが不可能である。
現在の重機が果たして石を吊り上げれるかどうか
疑問であるが、
日本の某企業がクフ王のピラミッドは作れると豪語したことがある。

そこで、現在のテクノロジーを駆使したら
もしかしたら出来るかもしれないけど
今日まで【誰一人】匹敵するピラミッドを作成していないとみると

それは実際には作れないという結論に達する。


ピラミッドが作れるかどうか技術面だけで判断するのではなく
それを作る国家もしくは何かしらの集団、システムがまず、
第一条件として必要とするのに、
ピラミッドを作れる作れないの議論はいままで技術面だけに
留まっている。


もし、現在、暇つぶしでピラミッドを作成する企業が
現れたとしても、今度はクフ王ピラミッドの時代の
テクノロジーに合わせて作成できるかどうか。

もう、ふたつの巨大な難関があるので
結論的にはほぼ作れないに等しい。


そんな不思議な構造物が存在するが、
あまり世界は確実に存在するものには
関心が薄いともいえる。

世界中の誰もがピラミッドは不思議だな〜って
わめかないのに対し、

幽霊など不確実な存在をみた人は強く意識する。
posted by アスタロス at 13:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 疑問点 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月07日

肯定派にも否定派にも真理が見えてこない

肯定派にも否定派にも真理が見えてこない
【場合】が多いのが超常現象の議論においてであり

肯定派は一般的には宗教家
否定派は一般的には科学者

の枠組みに収まる。

でも、互いに真理を追究しようとはしない場合が多く、
超常現象を信仰する者は誰がなんと言おうと信じている。
信仰しない者も既成概念だけの科学を信仰としている者達だ。

つまり両者、主観的な場合が多い。

この為に100ある超常現象の中で
99がガゼ、1つが本物の場合があっても
自分の信仰する神を信じるから
ガゼさえも本物、また、本物さえも偽者として
主観的に決め付けてかかっている。


そしてその言い分がおかしい時が多い。

例えば、宇宙人に関して。

今では一般的に連想するのはグレイと呼ばれる、
灰色の目だけがとても大きい小柄の宇宙人が誰もが思う宇宙人であるが
ほんの数十年前には
目撃談に【よれば】それはそれは多種多様な宇宙人が存在したものだ。

3メートルを越す独特の外観の宇宙人然り、
また、金髪で美形の地球人と同じ姿をした金星人然り。

あと、ロボット型の宇宙人も非常に多く目撃談で寄せられていた。

でも、現在は宇宙人とはグレイに統合されてしまったかのようだ。

今、彼らはどこへ?


また、科学的にも

かつて、火星は死の星であり、何もないようなことを言っていたが、
どんどんと小出しに生命の痕跡があるだの、
メタンから生み出される物質が生命が存在しないと
ありえないほどの量が火星に存在していたりと

ついこの前までは、絶対に火星には
青空がないと言い張っていたのに、
【一時的に】そのような空の状態もありますとのことだ。

しかも、それらはすでに最初の探査機が火星に到着した際に
おそらくは分かっていたことであろう。





真実とは自分の判断力だ。

そしてそれには
創造論も進化論も宗教も科学も
相反する二つのものが必要とする。
posted by アスタロス at 01:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 疑問点 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月10日

空想の物体、想像の産物

かつて、さまざまな宇宙人が存在していたはずなのに
現在の目撃証言だとなぜかグレイタイプの宇宙人が圧倒的に多い。

H・G・ウェルズの本が流行していたときは
火星人と言えば、タコ型のあの宇宙人を連想し、
現在では爬虫類?両生類?系のグレイタイプの宇宙人を誰もが連想する。

もう、オオサンショウウオを知らない人がそれを見たら
宇宙人と思い込むかもしれない。


で、論点はどうでもいいことなのだが
最重要なこととしては、

なぜ、目撃されるのがその時代により変化するのか?

=集団的に想像される


幽霊問題にしてもそうだ。

日本の【昔の】幽霊としては
足がないのが特長だったのに、今は平気で足がある。

足はいつ頃から生え出したのか?

およそ、100年前には
エクトプラズムが心霊現象の主流であったのに
デジカメ時代ではオーブと呼ばれる
小さな球体に取って代わってしまった。

今ではエクトプラズムは見たことがないし、
また、オーブはデジカメが主流になってから出回り始めた。


それはデジカメ特有の癖という見解の方が理に適っていないか?

また、オーブの発生原因は
ハウスダストと呼ばれる塵がフラッシュに反射して写りこんだものが
大半だと言われている。

それよりも何も
機能的には人の目も、カメラも大差ない仕組みなので
どっちでも見えてよいはずだと思う。

だけど人の目には映らずにカメラには写りこむらしい。


ちなみに球電と呼ばれる科学でもちゃんと認められている現象があるが、
こちらは人の目にもカメラにもちゃんと写りこむ。

いや、オーブよりもこちらの方が不思議だ。
そして、それは意図的な動作をするらしい。
まるで意識があるような動きをする時があるそうだ。

でも、電気が流れている以上、あいまいな動作をするものだ。
電気は動物にも流れているから。
posted by アスタロス at 00:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 疑問点 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月30日

音の【不】指向性

そう、先に
筆者は、オカルト信心者でもなければ
否定論者でもない。

まあ、音に関してはプロフェッショナルの域ではあるが。

で、前々回のブログで挙げた
筆者が体験したことといえば、

それは前回のブログの話ではなく
筆者が幼少の頃の体験である。

母の知人の家に泊まりに行った時、
夜中、トイレに入ったら
トイレの穴の中から
低音で会話する
人の声が聞こえてきたということだ。

汚い話になるが
昔のトイレといえば今みたいな水洗式ではなく、
コンクリートでできた溜まり場があり、
そして、その溜まり場から換気するための管がでているが、

まあ、今、当たり前に考えると
外で誰かが話していた声がその管を通って
コンクリートで共鳴してトイレの中から声が聞こえてきただけのこと。


でも、それは筆者が5歳ぐらいの時の経験なので
とても恐ろしく感じた。




今の時代はDVD(もはやブルーレイに移り変わろうとしているが)
全盛期なので、5.1サラウンドシステムを導入している家庭もあるかもしれない。

あの映画館での臨場感を体験できるからね。


そこで5.1とは何が5.1なのかご存知だろうか?

スピーカの個数が6個あり、
前方にセンター、レフト、ライトに3つ設置、
後方にレフト、ライト2つ設置、
さらに前方に低音だけ再生するためのウーハーを設置。

5は普通のスピーカーを指し、0.1はウーハーを指す。

そこでなぜウーハーはLRと二つ設置しないのか?
の疑問がでてくると思うだろうが、

低音は人間の聴覚上
どこから鳴っているか分かりにくいから
ひとつで十分という理論のもとで
サラウンドシステムは生み出されている。


で、壁を越えて鳴りやすいのは低音だし、
低音はどこから鳴っているのか方向性が把握しにくいから

聴覚だけでの判断というのは
時として誤った判断を下すということ。
posted by アスタロス at 01:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 疑問点 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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